「んっ?アレ・・・?」
中学最後の夏休み、手塚とゆっくりと過ごす時間はもうないかも知れないと思っていた矢先に訪れた休日
僕達は一緒に過ごす事を決めた。
「どうした?」
「前から走って来るのって英二じゃない?」
他愛のない話に安らぎを感じながら、ふっと遠くに視線を向けると見慣れた赤茶の髪がこちらに向かって猛スピードで走って来るのが目に入った。
うん。やっぱり英二だ・・・
どうしたんだろう?
方角からいえば・・・大石の家から出て来たってとこだろうけど・・・
また・・・何かあったんだろうか?
「ん?菊丸が?」
手塚がそう僕に聞き返す頃にはもう殆ど目の前を通り過ぎるぐらいで、僕は返事をする間も無く慌てて英二に声をかけた。
「英二!!」
「ふ・・・・じ?」
英二は僕達の前を少し行きかけて足を止めると、僕を確認するように振り向きそのまま駈け寄って抱きついて来た。
「不二っ!!」
「英二。どうしたの?」
僕は英二の頭をよしよしと撫ぜて問いかける。
きっと・・・また?と思うような答えなんだろうけど・・・ね。
こんな顔して走って来る英二をほっておく事も出来ない・・
僕もホント英二には甘いよね。
フッと小さな苦笑を浮かべると、英二がポツリと呟いた。
「大石がさ・・・」
「大石が?」
「俺の事裏切った!」
う・・裏切った・・?
それはまた・・・大層な言い方だな・・・
大石が英二を裏切る様な事があるとは思えないけど・・・
英二がそこまで言う事があったという事は確か・・・という事か・・・
それにしても・・・
「へぇ・・・大石が」
僕は答えながら、ついつい笑みを浮かべてしまった。
「あっ不二っ!今笑ったな!ホントなんだかんな!」
「わかってるよ。でも裏切ったなんて・・・」
大石が聞いたら、さぞ嘆くだろうね。
あんなに英二を愛して止まないのに・・・
僕がまた笑みを浮かべると、今まで黙っていた手塚が腕を組みながら一歩前に出た。
「いや不二。笑い事ではない。大石が裏切ったという言い方はどうあれ
事は重大だという事なのだろう。そうだな菊丸」
「えっ?あぁうん。そうそう!事は重大なんだよ!っていうか手塚いたんだ・・」
英二の言葉に手塚は目を逸らして咳払いをした。
僕はその姿にまた笑いが込み上げる。
「兎に角だ。何があったか話してみろ」
「えっ?あぁ・・・うん」
英二は手塚にそう言われたものの、返事は歯切れが悪くてなかなか話し出そうとしない。
それどころか俯き爪を齧り始めた。
これは・・・
僕はその姿を見て、英二の肩に手を置いた。
「英二。話さなくていいよ」
「不二・・・?」
英二は不思議な顔で僕を見たけど、もうこれ以上話す必要はない。
英二が爪を噛んだという事は・・・もう話を聞いて答えを導き出す必要がない証拠
英二の中ではもう答えは出ているんだ。
「頭を冷やす場所ならここをもう少し行った所に公園があったから、そこなんていいんじゃないかな?」
「・・・・・・・」
僕をじっと見る英二に、僕は優しく微笑みかけた。
「ね。英二」
「う・・・ん。そうする。あんがと不二」
「いいよ・・・それよりがんばってね」
「うん!あっそれよりさ、二人は何処へ行くとこだったの?」
「僕達?図書館だけど・・・」
「図書館?」
僕が返事を返すと英二は手塚へと体を向けた。
「手塚」
「何だ?」
「図書館じゃなくてさ、他に行くとこないの?手塚だってやっと出来た休みなんだろ?
海とかさ、山とかさ、たまには不二を連れて行ってやれよ!
そんなだといつか愛想をつかれるぞ!」
「愛想・・・?」
手塚が眉を顰める。
英二ったら自分の話が終わって今度は手塚って・・・
もしそれが・・・
「英二。八つ当たりなら怒るよ」
「八つ当たりじゃねーよ。不二の代わりに忠告してやってんの」
忠告って・・・フフフ・・・
まぁ・・・これは英二なりの僕へのお礼なのかな?
しかし・・・
「僕はそんな事頼んだ覚えはないけど」
「俺も頼まれた覚えなんてないよ」
胸を張る英二に僕はクスっと笑ってしまった。
英二もつられてニャハハと笑う。
「んじゃさ。俺行くよ。サンキューな二人とも、じゃ!」
そう言うと英二は走って公園へ向かった。
「良かったのか・・・話を聞かなくて」
英二の後姿が見えなくなると、手塚が僕へと視線を向けた。
「まぁね。話を聞かなくても大体の事は想像がつくし・・・それに・・・」
「それに?」
「英二が爪を噛む時は、英二が自分に非があると思っている時なんだ。
だから今は話す事より自分の中で気持ちを落ち着ける事の方が先決という訳」
「そうか・・・」
ん?どうしたんだろう・・・
手塚の表情が少し暗くなった気がする・・・
「手塚?」
「ん?」
「どうかした?」
「いや・・・・菊丸の事をよく理解しているのだな・・・」
「あぁ。そうだね。英二とはずっと同じクラスで一緒にいる時間も長いしね。
僕としても大石の次には英二の事をわかっているつもりだけど・・・」
手塚・・・ひょっとして機嫌が悪い?
まさか・・・やきもち・・・?
いや・・そんな訳ないか・・・君が僕の事でやきもちを妬くなんてそんな事ないよね。
「そうだったな。お前達はずっとクラスが一緒だったな・・・」
手塚はそのまま黙ってしまった。
しかし・・・ホントにどうしたというのだろう?
このままずっとここに立っている訳にもいかないし・・・・
「手塚。僕達もそろそろ図書館に行かない?」
声をかけてみたけど、それでも手塚は何か考え込んでいるのか目線すら合わない。
仕方ない・・・もう少し待ってみようか・・・
そう思った時に手塚が僕を見下ろした。
「不二」
「何?」
「今から海に行かないか?」
えっ・・・・?
今から海に・・・・・?
それって・・・
「行ってもいいけど・・・ひょっとして英二が言った事を気にしているの?
もしそうなら、気を使わなくていいよ」
「いや・・・気を使っているつもりはないが・・・確かに菊丸の言う事も一理あるからな。
たまの休みだ。いつでも行ける図書館より海に行くのも悪くないと思ったんだが・・・
どうだ?駄目か?」
いつでも行ける図書館より海に・・か・・・
「君がそう思うなら、僕は別に構わないけど・・・」
「よし。じゃあ決まりだな。駅に向かうぞ」
「・・・うん」
海に行くのは構わない・・・だけど・・・本音は少し複雑だよ・・・
手塚・・・
僕達の始まりは他のみんなとは違うから、こうやって一緒に行動していても僕は君の本心を図りかねている。
僕の気持ちに答える為に無理しているのではないかと・・・
手塚・・・
無理をしなくていいんだ。
無理に僕の事を好きにならなくてもいいんだ。
英二に言われたぐらいで、自分の行動を変えなくてもいいんだ。
何処かではそう思う気持ちもあるのに、声に出して君に伝える事が出来ない・・・
僕は卑怯な人間だよね。
真面目で律儀な君の想いをわかった上で利用しているようなものだものね。
でも・・・それでも君と一緒にいたいんだ。
君の僕に対しての気持ちが恋じゃなくても・・・
それでも一緒に・・・・
僕は手塚に気付かれないように小さく頭を振った。
やめよう・・・不毛だ。
「手塚もう少しゆっくり歩いてよ」
僕は少し前を歩く手塚に駆け寄って、駅に向かって歩き始めた。
久々の塚不二・・・楽しんで頂けたら嬉しいのですが・・・
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